当道場に伝わるまでの合気道の系譜と動画紹介

当道場へは、開祖の植芝盛平先生から村重有利先生へ、村重先生から中村克也先生へ、中村先生から岡田至弘先生へと伝わってきました。簡単な略歴と共に、公開されている動画についてご紹介します。


合気道開祖:植芝 盛平 先生

植芝盛平先生は、日本古来の柔術や剣術などの諸武術を極め、そこに独自の精神性を融合させて「合気道」を創始した、現代武道界における最も偉大な武道家の一人です。

1. 「最強」を求めた若き日

和歌山県に生まれた開祖は、若くして柔術、剣術(柳生心眼流など)、槍術、さらには北海道で出会った大東流合気柔術を修め、不敗の強さを誇りました。昭和初期のその技は非常に鋭く、「触れた瞬間に相手が飛び散る」と言われるほど激しく実戦的なものでした。

2. 武道から「和合」の道へ

多くの武者修行や戦中・戦後の経験を経て、開祖は「武道の真髄は、相手を打ち負かすことではなく、世界を平和に導くこと(和合)にある」という悟りに至ります。 これにより、相手と争わず、自分と相手が一体となる独自の武道「合気道」が完成されました。

3. 世界へ広がる平和の武道

晩年は茨城県岩間の地で「武農一如(ぶのういちにょ)」の生活を送りながら、国内外の多くの門下生を指導しました。開祖が掲げた「万有愛護(すべてのものを愛し守る)」の精神は、現在では世界140カ国以上に広がり、国境や人種を超えて愛されています。

当道場が大切にしていること 一般的に合気道は「和の武道」として知られていますが、開祖・植芝先生がその基盤を築いた時期の技には、相手を瞬時に制する武術としての凄まじい気迫と合理性がありました。当道場では、開祖の到達した「平和の心」を学びつつ、その強さの根源である「鋭い技の理合」も共に追求しています。


1935年に大阪の旭新聞(大阪朝日新聞)によって撮影された、植芝盛平先生の貴重な演武動画をご紹介します。

この動画は、当時「合気武道」と呼ばれていた時代のものです。現代の合気道に比べて動きが非常に直線的で鋭く、入り身の深さや当て身(打撃)の活用など、貴道場が継承されている「初期の激しい技」の原型を視覚的に確認することができます。

植芝盛平先生  1935年 旭映画(演武動画)

Morihei Ueshiba – Asahi Shinbun Video (1935) [AI補正版]

  • 特徴: AI技術によって映像が鮮明に補正されており、開祖の足運びや細かな手の使い方がよりはっきりと確認できます。

Ueshiba Morihei 1935 Asahi demonstration at real speed

特徴: 当時のスピード感を再現した映像です。多人数取りや、剣・杖・体術が一体となった鋭い動きが13分以上にわたって収録されています。

植芝先生の動画に見る「初期の技」のポイント

  • 鋭い入り身: 相手が動く瞬間に、その懐深くへ一気に飛び込む「入り身」の気迫。
  • 当て身の連動: 技をかけるプロセスの中に、自然に当て身が組み込まれている実戦的なスタイル。
  • 一重身の構え: 常に半身を切り、相手の攻撃を最小限の動きでかわす「武道としての身体操作」。

山口県合気道の先駆者:村重 有利 先生

村重有利先生は、戦前から戦後にかけて山口県を中心に合気道を普及させた、合気道界における伝説的な武道家の一人です。

1. 「開祖初期」を支えた高弟

村重先生は、開祖・植芝盛平先生が「合気武道」として最も激しく、実戦的な技を振るっていた昭和初期に弟子入りされました。開祖の信頼も厚く、その卓越した技量から**「皇武館(戦前の本部道場)の重鎮」**として、軍や警察への指導にもあたられました。

2. 「実戦」を重んじる鋭い技

村重先生の技は、非常に合理的かつ鋭いことで知られていました。

  • 当て身と関節の連動: 単に投げるだけでなく、武術としての急所攻撃(当て身)を重視し、一瞬で相手を無力化する厳しさがありました。
  • 武器術の達人: 剣や杖、さらには手裏剣術などにも通じ、それらを体術と一致させた独自の境地を拓かれました。

3. 山口県への普及と教育

戦後、故郷である山口県(柳井市など)へ戻り、合気道の普及に尽力されました。 1950年代からはベルギーなど海外へも渡り、日本武道の精神を世界に伝えられました。現在、山口県内で合気道が盛んなのは、村重先生が蒔かれた種が大きく育った結果と言えます。


村重先生のお姿の動画が紹介されているものは見当たりませんでした。ご存じの方ありましたら是非教えてください。


山口県合気道の指導的支柱:中村 克也 先生

中村克也先生は、公益財団法人合気会より派遣される山口県支部師範であり、山口県合気道連盟の理事長を務められる、県内合気道界の顔とも言える先生です。

1. 山口県の組織化と発展に尽力

村重有利先生らが築いた山口県の合気道の土壌を引き継ぎ、県内の道場を組織化して「山口県支部」としての基盤を強固にされました。長年にわたり、県内各地の道場を巡回・指導し、多くの有段者や指導員を育成されています。

2. 「基本の徹底」と「円滑な身体操作」

中村先生の技は、合気会の正統な伝統を守りつつ、無駄な力を一切排除した「流れるような円の動き」が特徴です。

  • 正確な理合: 身体の軸を崩さず、最小限の動きで相手を導く技法は、老若男女問わず手本とされています。
  • 全日本演武大会での活躍: 日本武道館で開催される全日本合気道演武大会においても、山口県代表として長年演武を披露され、全国的にもその名が知られています。

3. 地域に根ざした武道教育

単なる技術指導に留まらず、合気道を通じた青少年の健全育成や、地域社会への貢献を重視されています。貴道場(ふくがわ合気道スポーツ少年団など)の活動も、中村先生が牽引される山口県支部の大切な柱の一つです。


以下は第49回全日本合気道演武大会での自由演武です。


設立の歴史と精神

真福寺研修館合気道道場(ふくがわ合気道スポーツ少年団)は、昭和54年(1979年)、大野恭史館長(真福寺住職)と岡田至弘道場長の熱き志によって産声を上げました。

「地域の子どもたちの心身を鍛える場を作りたい」という共通の願いのもと、住職が「場(研修館)」を整え、岡田先生が「技(合気道)」を伝えるという、お寺と武道が一体となった全国でも稀な教育環境が誕生しました。


岡田 至弘 道場長について

岡田先生は、当道場の初代道場長として、現場での直接指導を一手に引き受けられました。山口県合気道界の重鎮である村重有利先生や中村克也先生の教えを、誰よりも情熱を持って子どもたちに伝えてきた「現場の師」です。

  • 「技」の伝承者: 開祖初期の鋭く激しい技を深く研究し、それを単なる暴力ではなく「自分の中心を磨く術」として指導されました。
  • 「情熱」の指導者: 岡田先生の指導は、時に厳しく、時に温かく、多くの子どもたちがその背中を見て育ちました。「地元の子どもたちの為に」という言葉を自ら体現し続けた生涯現役の武道家でした。
  • 館長との連携: 住職である大野館長が説く「精神性・礼節」を、岡田先生が「稽古という実践」を通じて形にする。この二人の信頼関係こそが、当道場の揺るぎない土台となっています。

館長:大野 恭史(真福寺 住職)

大野恭史館長は、昭和54年(1979年)、福川の地にある古刹・真福寺を拠点として、地域の子どもたちの健全な心身を育むために「真福寺研修館合気道道場」を設立されました。

1. 「研修館」に込めた願い

単なる武道の練習場ではなく、自分を磨き、高めるための「研修の場」として道場を位置づけられました。お寺という静謐な環境の中で、子どもたちが日常生活では味わえない緊張感と礼節を学ぶことを重視されています。

2. 「徳育」としての合気道

大野館長は、住職としての視点から「武道は礼に始まり礼に終わる」という精神性を重んじてこられました。岡田至弘道場長が技術的な指導を行う一方で、大野館長は「感謝の心」「他人への思いやり」「不撓不屈(ふとうふくつ)の精神」といった、人間としての根源的な教えを説き、道場の教育的価値を高めてこられました。

3. 地域貢献と次世代への居場所作り

設立当初から一貫して「地元の子どもたちのために」という姿勢を貫かれています。今回、中学校の部活動地域移行が始まるにあたっても、長年培ってきた道場の歴史を活かし、中学生たちが安心して自分を磨き続けられる「地域の受け皿」としての活動を力強く後押しされています。



指導員:片山 真弓 先生

片山真弓先生は、初代道場長・岡田至弘先生の門下生として修行を積まれ、現在は真福寺研修館合気道道場およびふくがわ合気道スポーツ少年団の中心的な指導員として、子どもたちの育成にあたられています。

1. 岡田至弘先生の直系として

岡田道場長が重んじた「初期の鋭く激しい技」の理合を長年、身近で学ばれてきました。岡田先生の「地元の子どもたちの為に」という志を誰よりも深く理解し、その技術と精神を次世代へ正しく、かつ時代に合わせた形で伝える役割を担っています。

2. 女性指導員ならではのきめ細やかな指導

武道の厳しさを大切にしながらも、女性指導員としての視点を活かした、きめ細やかで丁寧な教え方が特徴です。

  • 初心者への安心感: 初めて武道に触れるお子さんや、体格の小さな生徒に対しても、力に頼らない合気道の本質を分かりやすく伝えます。
  • 保護者との信頼: 指導だけでなく、保護者の皆様とのコミュニケーションも大切にされており、道場の「温かい雰囲気」を作る柱となっています。

指導員・団長:大野 泰生 先生

大野泰生先生は、真福寺研修館合気道道場の指導員であり、現在は「福川合気道スポーツ少年団」の団長を務められています。大野恭史館長の志を受け継ぎ、現場指導の責任者として、地域の子どもたちの心身育成の最前線に立たれています。

1. 「精神」と「技」の正統なる継承者

大野恭史館長を父に持ち、真福寺という厳かな環境で育まれた精神性と、初代道場長・岡田至弘先生から直接叩き込まれた「初期の鋭い技」を、その身に最も色濃く体現されています。伝統の重みを理解しながら、それを現代の子どもたちに伝える「道場の柱」です。

2. スポーツ少年団 団長としてのリーダーシップ

「ふくがわ合気道スポーツ少年団」のリーダーとして、周南市のスポーツ振興や地域活動にも深く関わられています。

  • 健全育成のプロ: 武道を通じた教育だけでなく、スポーツ少年団の理念に基づいた「仲間づくり」や「社会性の向上」を重視されています。
  • 部活動地域移行の旗振り役: 現在進められている部活動の地域移行において、中学生たちが迷うことなく活動を継続できるよう、受け入れ体制の整備に尽力されています。

3. 次世代に寄り添う指導スタイル

伝統を重んじる一方で、現在の子どもたちの体力や気質に合わせた、理論的かつ情熱的な指導が持ち味です。 片山真弓先生とともに、厳しい稽古の中にも「できた!」という喜びを感じさせる環境を作り、子どもたちが長く続けられる道場運営を実践されています。


指導員:藤原 弘行 先生

藤原先生は、真福寺研修館の指導員を務められる傍ら、徳山道場においても長年指導にあたられています。周南市内の合気道普及に深く関わっておられ、豊富な指導経験と深い見識をお持ちの先生です。

1. 二つの拠点を繋ぐ、豊富な指導経験

徳山道場と真福寺研修館、それぞれの道場の特性や良さを知る藤原先生は、地域全体の合気道の流れを熟知されています。

  • 広い視野の指導: 異なる環境での指導経験から、門下生一人ひとりの癖や進歩に合わせた、柔軟で多角的なアドバイスが特徴です。
  • 技術の交流: 他の道場での稽古の雰囲気や技のポイントを研修館にも還元してくださるため、稽古にさらなる深みと広がりが生まれます。

2. 「基本の忠実さ」と「正確な理合」

藤原先生の指導は、合気道の基本を極めて大切にされるスタイルです。

  • 初心者に優しい: 初心者がつまづきやすい足運びや手の使い方を、徳山・福川の両拠点で培った経験を活かして、非常に情熱的かつ丁寧に解説されます。
  • 中高生への手本: 昇級・昇段審査を見据えた正確な動きを重視されるため、特に中学生以上の門下生にとって、目指すべき身近な目標となっています。